東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展2019

保存修復・日本画
尾形光琳筆「松島図屏風」(岩崎小彌太旧蔵)の研究
—想定復元模写を通して—
林 宏樹

審査委員:荒井 経 塚本 麿充 國司 華子 薮内 佐斗司 有賀 祥隆

本研究は、尾形光琳筆「松島図屏風」(旧岩崎小彌太蔵)の想定復元模写通して、原本を忠実に再現しようとしたときに不完全性を生じさせる模写特有の思考や作業工程を明らかにし、これが新たな創造性をもたらすことを提示しようとするものだ。
尾形光琳筆「松島図屏風」(岩崎小彌太旧蔵)は岩崎家別邸に旧蔵されたが、関東大震災で焼失したとされ、現在では白黒図版の記録が残るのみである。本作は、江戸時代中期に活躍した絵師、尾形光琳(1658〜1716)が俵屋宗達筆「松島図屏風」(フリーア美術館)をもとに描いた模写で、光琳が宗達をうつした最初期の作品とされる。先行研究では、本作が光琳の代表作の一つ、「燕子花図屏風」(根津美術館)の直前に制作されたと考えられることから、平面的、装飾的といった言葉で語られる光琳独自の画風展開に影響を与えたという指摘がある。また、本作は宗達の忠実な模写として紹介される。しかし、作品が現存していないことも相まってこれらの事柄が具体的にどのような点から考えられるのかについて言及された論著はみられない。
また、日本美術には、既存の作品を模倣、受容、そして変容させて生まれる芸術があるとされる。本研究対象作品を含み光琳筆の宗達の模写については、光琳が宗達を学習した上でさらに自己のものとしたとしばしば語られるが、その際には改変点ばかりに焦点が当てられてきた。本研究では、想定復元模写を試みるなかで原本との共通点と相違点を明確にし、この結果が生じた背景が模写制作自体の特徴にあることを検証する。
 第1章では、研究対象作品に関する先行研究と光琳画業における位置付けについて述べた。本作は初期の頃の作品であり、現存する白黒図版を見る限り原本である宗達の「松島図屏風」と構図や図像が酷似しており、忠実な模写であると指摘されてきたことがわかった。しかし、一方で作品が存在した1910年の日英博覧会の証言には、宗達作品とは彩色や表現に明らかな相違があったことが記されていた。
 第2章では、現存する資料をもとに宗達本との比較、制作過程の推定を行なった。その結果、光琳は彩色については原本を改変していた一方で、線描については正確に写しとろうとしていたことがわかった。原本である宗達の作と比較すると、岩や松に僅かなずれが認められるものの大まかに一致し、さらに白波や波線の部分については相当に精度の高い一致を見せた。このため、臨摸ではなく敷き写しの手法によって原本の形を写し、これをもとに線描と彩色を行なったと推定した。
 以上の考察を経て第3章では、想定復元模写を通して得られた知見をまとめた。模写では既存の作品を逆算的な視点から鑑賞して制作するため、一次制作の場合とは制作工程が逆転する特徴があると言えた。例えば、一次制作物の場合、本作の岩や松など構図を大きく左右する部分を先に描くと推定されるが、模写である光琳の作では、画面を埋め尽くす波をはじめに描き、最後に岩や松を描いていると考えられた。すなわち、各々のモチーフを頭の中で分解してそれを画面に再配置するような思考があった。そしてこれが、画面に層状的な空間性を新たに構築することを促していた。こうしたレイヤーのような空間性は、これまでに光琳特有の画風として語られてきた平面性や装飾性に通じていると言えた。
そして、光琳は隣り合ったモチーフに同色を用いないという原本とは異なる配色を適用していた。また、単なる色面のようにならないためには輪郭である線描を意識せずに彩色することが重要であるとわかった。このため、模写する際には線描による形は敷き写しという手法で原本に忠実になるが、それに比べて彩色については振れ幅が大きくなると言えた。
 最後に結論として、模写に起こる不完全性とそれによって導かれる創造性について述べた。模写という行為では、決して原本とその制作者と同質の経験を得るということは出来ない。しかし、その制約ゆえに模写という行為そのものが新たな創造の発想源となることを指摘した。これまでの研究では、模倣から変容へ至るメカニズムとして、原本に改変を加えることばかりが着目されてきた。一方、本研究で見出したのは、変容までに至る根元は、模写特有の思考や制作工程にあったという事実であった。こうした模写に対する新しい視点が、今後の研究および模写の活用に新たな展開をもたらすことを期待したい。

保存修復・日本画
尾形光琳筆「松島図屏風」(岩崎小彌太旧蔵)の研究
—想定復元模写を通して—
林 宏樹