東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展2019

保存修復・彫刻
東大寺法華堂執金剛神立像の模刻制作を通した奈良時代塑像の構造・技法研究
重松 優志

審査委員:薮内 佐斗司 松田 誠一郎 森 淳一 山田 修

奈良時代において仏像制作の主流の一つであった塑造は、捻塑技法のきめ細やかな造形表現が可能であり、東大寺法華堂執金剛神立像(以下、執金剛神像)や東大寺法華堂旧在の伝日光・月光菩薩立像、東大寺戒壇堂四天王立像などの傑作と謳われる塑像が造像された技法である。
とりわけ執金剛神像は、静かな佇まいが多くみられる奈良時代作の仏像のなかでも一際躍動感に富み、迫力のある造形表現が知られている。この類い稀な表現は、たびたび仏師や彫刻家の古典研究の対象とされており、鎌倉時代には快慶が3尺で、明治時代には岡倉天心の意向で竹内久一が等身大でそれぞれ木彫で制作している。これらは古典研究といえども、執金剛神像の本質的な構造を研究するためのものではなく、主に制作者の立場として自身の制作に繋がるような、表面の造形感覚を学ぶ意味合いが大きいことが想像される。それは、両者の模刻像に注目しても原本像とは解釈が異なる、制作者の物の捉え方の違いが見てとれるからである。
その一方で、執金剛神像はこれまでに塑造による模刻は行われたことがない。それは、平安時代以降の日本において木彫が造像の主流となったこと、さらには塑像はモデリング技法ゆえに内部構造に未解明な点が多く、他の材質とは異なる問題を抱えていることが大きな要因と考えられる。近年、文化財調査に用いられる機材の技術的進歩は目覚ましく、そのなかでも透過X線計測による分析では、文化財を解体することなく構造や造像工程が解明される機会が増えている。しかし、塑像に用いられる土は材質の中で最もX線の透過が悪いうえ、制作当時のままの姿で現在まで残るものが非常に少ない。また、そのほとんどが国宝や重要文化財に指定されている。破損の危険を伴うことから調査は積極的に行われておらず、木彫像や乾漆像と比較しても研究が立ち後れているのが現状である。土という材質である以上、木や漆、青銅よりも壊れやすいため、数少ない塑像を後世に修復し、残していくためにも塑像の技法構造の解明が望まれる。
そのためには、材料の選定から像の完成までの一連の工程を自ら行う模刻による考察が最も有効な手段であると考える。なぜならば、塑像の内部構造は制作の進行にともない土に内包されてしまうからだ。したがって、塑造における内部構造は制作に携わる立場でしか詳細に知り得ない事柄であり、造像の成り立ちを考察するうえで内部構造の解明こそ最も重要な点であると考える。
過去に2度の模刻が行われているが、表面の造形のみを写す模刻と、内部構造から再現を試みる模刻は、根本的に異なる考えのもとに開始されるといえる。本研究は、模刻制作を自身の創作のための古典研究ではなく、具体的な制作工程の復元研究を通して、制作者の視点から造像背景や当時の工人の精神に迫る試みである。

保存修復・彫刻
東大寺法華堂執金剛神立像の模刻制作を通した奈良時代塑像の構造・技法研究
重松 優志