東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展2019

油画
Survival Aesthetics © Exhibitions as a Critical Form
生き残る美学と実践 © 展示が形式になる時:歴史
ジェシー ホーガン

審査委員:保科 豊巳 長谷川 祐子 杉戸 洋 篠田 太郎 ミヒャエル・シュナイダー 熊倉 晴子

生き残る美学 と題する本論文において、芸術の世界における社会的、商業的、学術的そして制度化された活動基盤の中でアーティストが価値を築き、維持し提供できるよう複数のシステムや文脈の中で形成されてきたアートや個々のアーティストの方向性について論じ、現在の芸術実践の状況を考察する。オーストラリアと日本におけるモダンアートやコンテンポラリーアートの近年の歴史に焦点を当て、鍵となるアーティストや作品、プロジェクトに触れながらこの複雑な点を考察する。私自身の最近の作品やプロジェクト、展示会のうち最も重要なものを選択して提示し、批評的な分析を行うことにより、私の直近の活動展開を考察するうえで比較的な文脈を整える。
これらの考察やリサーチを通し、アーティストや作品のつながりや関係を明らかにし、模索する。そうすることにより、アーティストが生き残るために社会的状況だけでなく、他者の影響力や原動力に直接駆り立てられる様子を示したい。アーティストは「現況」を含む制度の方向性や美学の流行、そして批評的にも理論的にも注目されている話題に関する時代思潮に基づいて作品を変更するという点を読者に説得したい。本論文は、そうした行為の基盤が必ずしも創意工夫や、個人的な見解、奔放な独創性だけでなく、アーティストやキュレーターが提案する行為が政治的または社会的に有益であるかに関わらず、不足の事態や、多くの場合は自己的な動機であるという点を論ずる。多くの場合このような変化や策略は戦術的であり、アーティストが自身の関連性、生存や、国内外関わらず優れた芸術の歴史に名を残すという期待を確実に得るアーティストを対象としている(芸術の社会的および産業的な領域においてアーティストが確実に関連性を得られるようにする)。本論文で指摘する重要な主張点は、アーティストが生き残るうえでの戦略の発展において「メディウムとしての展示」が重要な役割を果たしており、それにはキュレーターと共にまたはキュレーターとしての活動が含まれるということだ。
 
本論文では次の点を問う。アーティストの役割はどこから始まり、どこで終わるのか?キュレーターの役割はどこから始まり、どこで終わるのか?これは非常に難しい問いで、芸術界におけるアーティストとキュレーターの領域は不明瞭だ。アーティストとキュレーターは区別されるべきではない場合もあり、二者の違いが全く存在すらしない場合すらある。本論文では、キュレーターとしてのアーティストの活動やアーティストとしてのキュレーターの地位を突き詰める。
 
「レファレンスや複製」、「概念的な防御」といったアーティストの戦略や手法。
例えば、哲学者や歴史家、理論家、批評家やキュレーターの概念を保護として用い、自身の作品やプロジェクト、技術や美学の論理的な判断を正当化することは、組織に属するアーティストが一般的に行う実践の一部にしかすぎない。「概念的な防御」に関しては、アーティストの実践は孤立した状況では生じないという点を証明し突き詰めたい。それはアーティストの自意識や自己生産を形成する一連の遭遇を通して生じるものであり、可能性の源を提供し、アーティストの価値や美学に影響を与える。生き残る美学のコンセプチュアル・アートの最も重要な側面には、オーサーシップの強固な立場を保持すると同時に、交互参照(再盗用)、コラボレーションやオーサーシップの否定を通したオーサーシップの批評、展開、否定が含まれる。

重要なテーマや話題 / CRITICAL THEMES AND TOPICS
コンテンポラリーアーティストは、複数の方策を用いる - そのうちの多くは各人が生み出したものではなく、学習を通して得たもので、組織的に確立された実践である。本論文では、アーティストのプロジェクトの生き残りを保証するためにコンテンポラリーアートを左右する
3つの主要点について論ずる。
1. 他の作品との関係 (歴史的なレファレンス)
歴史的なレファレンス、オマージュ、概念的な防御を確立する引用の使用
2. 連携ネットワークや社会的なつながりを生み出す作品の能力。例えば、共同的、連携的、再生的可 能性(アーティストによるキュレーションの戦略の使用)。アーティストグループ、アーティストが運営するイニシアチブ、コラボレーション、キュレーションの戦略の確立により制作の個性を伸ばすこと
3. 作品の商業的、制度的な価値。 商業的で概念的なブランディングの使用による商業的かつ制度的な価値の確立

アーティストは複数の対極的な戦略を用い、コンテンポラリーアートの枠組みの中に自分の作品の関連性を確立する。また、アーティストのアイデンティティの存在と生存は、関連する文脈の中に作品と自分自身を位置付けるアーティストの能力を通して展開される。この点は、プロジェクトの中で前の世代を重ね合わせ複製しながらここ数十年間の間に制作された作品の中で非常に明白である。集約された任意のコラボレーションと見せかけて行われる。重要かつ美学的な懸念・美術界・理論的モデルとアイデアプラットフォームにおける重要性や流行を生み出し維持するためアーティストがアバンギャルドの流行に従うのを見ても、生き残る美学の動きは明白だ。

芸術活動における「オーサーシップの具体性」は、「生産の集団場」へと衰える。生き残るため、アーティストたちはアイデンティティを手放すと同時に確立しつつ、この場を切り抜ける方法を知っていなければならない。オーサーシップ、匿名性、自律性は矛盾しており、文化生産の中で対照的な役割を果たす。この場を通し、アーティストは自分自身を駆り立て、他者との類似性へと自己投影を行うか、他者と似たような美学や戦略を採用する。アーティストやプロデューサーは、他者との対話、他者のプロジェクトの継続や引き継ぎ、またはオマージュや責任感を通して前の世代や同世代の作品を広げようとする。確立された他者の形式を用いることで、個々の資本を広げる必要のある文化資本を提供する。

本論文では、深い影響を及ぼしつつまだ研究の進んでいない現象を掘り下げる。それは、キュレーターとしてのアーティストの根本的な役割というまだ執筆されていない歴史である。「展示」と私たちが呼ぶ存在論的に曖昧なものを批評的な媒体として捉え、アーティストはしばしば展示そのものの従来の形式を劇的に再考している。これらの展示を通し、本プロジェクトでは集団的な芸術実践を理解し発展させる。本論文の各章では戦後から現在に至るまで過去を振り返り、未来を見据え、歴史的なプロジェクトやアーティストによるキュレーションの直近のプロジェクト、コラボレーション、そして展示を考察する。

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生き残る美学と実践 © 展示が形式になる時:歴史
ジェシー ホーガン