東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展2019

先端芸術表現
still life series
-視覚実験としての静物画の系譜と実践-
横山 昌伸

審査委員:伊藤 俊治 布施 英利 鈴木 理策 古川 聖

本論は、静物画の歴史が「自然の模倣」から「視覚実験」へと移っていくことを確認し、現代の科学でわかっている生理学的・脳科学的な視覚システムと、まだ不明確である心的な視覚を、認知科学や心理学、過去の賢人たちのあいまいではあるが含蓄の多い諸言からその輪郭を辿り、制作行為と対比し、その過程で捉え直された「知覚」と「心的な視覚」の再構成としての静物画の制作を行うことを目的としている。
 まず第1章では、静物画における視覚実験の系譜について解説し、1-1)では、19世紀までの静物画を通史的に概観し、静物画の発生からその最盛期までを辿り、そこでの静物画は「自然の模倣」に価値がおかれていることを明らかにする。1-2)では、静物画が芸術的実践の試行がなされる場に変遷していった後期印象派やキュビスムについて述べる。後期印象派では特にセザンヌを取り上げ、彼固有の取り組みについて触れ、それがキュビスムにつながっていくことを確認する。キュビスムの作家では初期のブラックと、総合的キュビスム期のピカソについて論じ、ここにおいて静物画の領域が「自然の模倣」を完全に転覆し「目の技巧」の世界へ移行する芸術実験の場となったことについて述べていく。1-3)ではキュビスム以降の静物画、写真における静物、現代アートにおける静物的表現について図版をメインに言及する。写真領域の静物には絵画とはまた違った独自の視覚表象があり、光の環境、ピント、クローズアップ、時間性(瞬間性)、ブレなどを特に写真にみられる特徴とした上で作例をあげる。次いで、キュビスム以降の現代アートには様々な静物的展開があったことを確認する。
第2章では「ナチュール・モルト(死んだ自然)」という側面から静物画を捉え直し、2-1)ではバタイユを参照し、静物画が死と生、またエロス的なものと深く関わっていることを論ずる。2-2-1)では、「ヴァニタス(虚無)」という静物画の表現を取り上げて生を導く死について述べ、2-2-2)ではヴァニタス的な死の表現を遡り「死の舞踏」について論ずる。そして2-3)にて、視覚実験の静物画における概念的/不可視のヴァニタスについて論述し、通例のヴァニタスあるいは死んだ自然が、実験者にとっては不可視のヴァニタスあるいは死んだ視覚制度として眺められ、第xの網膜の創出のための力動が発する場となることを論ずる。
第3章では「視覚」を成立させるものについて、3-1-1)目の生理的構造、3-1-2)ヒトの視覚がどう成立していくのかを脳科学からみてゆき、3-1-3)サッケードとホックニーの作品の関係について論ずる。3-2)では3-1-1)、3-1-2)では自明とされている「光」について再考し、四つの光として論述していく。まず3-2-1)にて写真映像業界の自然光/人工光という対立に焦点をあてながらそれを止揚する。3-2-2)ではここまでの説明に出てきた「光」とは外光のことで、それとはまた別の光が存在することを、パラケルススの「自然の光」にふれその意味範囲を拡張しながら示していく。3-2-3)では人が「目から出る光」によってもまた見ていることを論述し、3-3)では、その「目から出る光」について脳科学と心理学から説明し、視覚が「外光」及び「内光」、さらに「環境」などの相互作用を受けた上で成立し、そこに必ずバイアスが生じることについて述べる。
第4章では自作品の解説を行い、視覚実験としての静物画の実践を結論とする。4-1-1)、4-1-2)では、3−3)でふれたバイアスについて、その原因となる因子の一つ「フォーマット」について説明し、それへの抵抗が自作品の原動力であることを説明する。4-1-3)ではボルヘスの「バベルの図書館」を引用し、内包する豊富な要素から、知覚のアナグラムの可能性という点での類似を参照する。4-2)では制作方法などの説明もしながら、本作品、実践の解説を行う。4-2-2)では、作品のモチーフとなっている石膏像について、それが「手の訓練」だけでなく「目の訓練」として使用され、石膏像の隆盛から衰退を通して、目の歴史の証左としての石膏像について説明する。4-2-3)では、モチーフに選んだものと視覚図形特徴選択性コラムの関係性について述べ、モチーフの形態的多様性がアルベルティのジャンル分けを乗り越える方法として選択されたものであることについて示す。そして4-3)において、本論考及び本制作が「視覚実験としての静物画」の系譜においての実践であり、またそれは不可視のヴァニタスとしてのナチュール・モルトであり、「知覚」と「心的な視覚」の再構成としての静物画であることを結論とする。

先端芸術表現
still life series
-視覚実験としての静物画の系譜と実践-
横山 昌伸