東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展2019

工芸・木工芸
漂然木象嵌による空間表現の探求
箕輪 茉海

審査委員:小椋 範彦 片山 まび 豊福 誠 三上 亮 中内 安紀徳

 木象嵌とは一般的に、木による平面装飾技法の一種である。種々の木を組み合わせ、 木の色相・質感の差を使い分けて模様・図案を描出する。この技法は、様々な呼び名でいくつかの類似した技法が世界に点在する。国内においては、木象嵌と寄木細工とは区別すべき技法だが、国外においては言語として木象嵌と寄木は区別されない場合が多々ある。使用される素材も厳密に木に限定されない点においては、割合に大小あるが国内 外で共通する。一様に、主な用途・技法は、化粧板として箱物や家具、建物の内装への 表面装飾、或いは描写性の高さを活用し絵画として作製される木画に見られ、其々の領域で技法的に改良•発展してきた歴史を持つ。現状、国内における木象嵌の知名度は低 く、箱根地方の土産物として現存する技術である事、伝統工芸の域で目賭される事は事 実だが、広く木象嵌を主役とした美術作品の流通は見られない。襄を返せば、未開が故 に数多の可能性を秘めた技術と位置付けられる。
 こうした背景に基づく本論文の目的は、自身の感覚から本来の技術を再考し、平面装飾として認知される木象嵌に潜在していた立体化の可能性を提示するものである。本論 文で新たな木象嵌表現の鍵となるのは、箪者が自ら名付けた「漂然木象嵌」である。本 論文は、「漂然木象嵌」の誕生から現在までの展開を追い、それに癌わる自身の経験や 思想、発想についても言及する。自らの精神と技術の結実を試みた自作を考察し、形体の必然性を解き記す事で、築者が個として抱き追求する独自の世界観を言語化し、「漂然木象嵌」に集約される理想・観念・木への賛美について全文を通し明らかにしていくものである。
 第一章では、研究の土台となっている自身の考え方や「漂然木象嵌」発見に至る経緯 について述べる。まず、自作に共通する大きなテーマとなっている自然への憧憬につい て、自身の記憶や実体験を元に、その感覚的な思いの実態に迫る。次に、筆者が木象嵌と関わり始めた初期の記憶・経験を振り返り、従来の木象嵌技術習得から発進した自身 の作品制作が漂然木象嵌の探求へと転換された出来事について詳述する。章内で語られる経験や自身の感覚は全て、筆者の自己表現として「漂然木象嵌」が生まれた理由を裏打ちし、この新たな技法に見る魅力を強調するものである。
 第二章では、ヨーロッパの木象嵌技術の検証を目的とした自身のフランス留学を基軸としている。フランスの木象嵌であるMarqueterie(=マケトリー)の技術修得から得た知識・経験を、それまでの自身の制作活動と照合し、全体として精神面・技術面の両方向から漂然木象嵌の改善を示唆していく。フランスにおけるMarqueterieは、日本の 木象嵌と寄木細工の両方に相当する技術だが、フランスのみならずヨーロッパ各地で持て囃された歴史を持ち、その実績と汎用例は日本の比ではない。こうした背景は、箪者の中に想像以上の関心を生み、木象嵌の多様性を肯定する事で「漂然木象嵌」の主幹となる考え方を洗練していく重要な転機となった。また、Marqueterieを現代の生きた技術と位置付け、自身の工芸観に共鳴していることにも言及する。
 第三章は、博士学位審査展出品作品について述べる。作品は部屋に見立てた空間に「自然から与えられる開放感」が漂う様をイメージして表現したものである。作品の制作工程、素材、形体に込めた想いについて詳しく解説する。
 最後に、自身の確立させた漂然木象嵌の在り方を受け、今後の課題と展望を記し結びとするものである。

工芸・木工芸
漂然木象嵌による空間表現の探求
箕輪 茉海