工芸・鋳金
現代の”驚異の部屋”
東京の宝
論題:かつて「驚異の部屋」が人々に与えたような驚嘆・新奇性を、現代工芸品を用いて新種の「驚異の部屋」として再構築することは可能か?また、デジタルテクノロジーの発達によって情報が氾濫する現在、新奇性を帯びた「驚異の部屋」を構築するためにはどのような物が必要となるか?
私の見解では、人々の想像力を掻き立て、既知の視覚情報に新たな意味合いを持たせるような体験を通してそれは可能になる。視覚的、そして理知的なレベルで人々を引き込み、それまでの認識を覆すことを目指す。
まずは簡潔に「驚異の部屋」の概要を述べる。出現した時期、急激に収集家が台頭した経緯、著名なコレクションが築かれた場所とそれを推進したパトロンの存在について等。
最初の「驚異の部屋」は15世紀後期から16世初頭にかけて、いわゆる大航海時代初期に現れた。物理的な世界範囲の認識が開けたことによって、新世界と比較した自らの立ち位置を内省する風潮が生まれた。また、このようなコレクションは知識に加え、個人の富や権威の象徴でもあった。学者にとっては、知得した世界を一つの空間で劇場化する場でもあった。「世界は神の創造物である」という認識の元、世界を真摯に探求し理解を深めることは高尚な行いであり、必要であるとされた。富裕層や高貴な生まれの者にとっては権威の誇示、ネットワークの拡大、そして知的投資を見せつける機会であった。
上述のように、驚嘆・新奇性を導く認識や観察力の改新を、いくつかの方法をもって提案する。例えばアンディー・ゴールズワージーやリチャード・ロングのような現代芸術家の思考や作品を分析し、自身のそれと比較検証する。それぞれの芸術的アプローチや視覚的描写の類似点や相違点に触れる。この作品に観客を引き込み能動的な参加を促すためには、自身の西洋的観点とここ数年の生活拠点である日本文化とのギャップが大きな作用として働く。芸術分野で頻繁に用いられる視覚信号や文化を異なる視点で解釈したり、東西要素を掛け合わせることで差異を浮き彫りにする。見慣れた物を異なる文脈に配置することで観客をハッとさせるような緊張を生み、従来の認識を懐疑し見直すきっかけ作りを図る。
今回私が作る「驚異の部屋」のインスピレーション源は全て東京から得る。決して遠方からエキゾチックな要素を持ち込むのではなく、身近な環境から得た物や体験をきっかけに、前者に匹敵するほどの新奇なオブジェクトを創作するのが今回のコレクションの目標となる。
展示作品は鋳造金属に限らず、写真、ドローイング、テキスタイル・インプリントなども含まれる。終了制作は複数のオブジェクトのシリーズを各々壁掛けや独立で配置し、部屋を訪れる人に私の頭の中を垣間見てもらうとともに彼らの頭の中に「転換」の種を植え付けたいと思う。
歴史的先例に倣い、展示部屋には全作品のアーカイブ資料を収納した箱も設置する。アナログ索引同様これらのファイルは各作品のタイトル名、材料名、技法、コンセプトや表現に関する簡潔な説明文を含む。展示作品にキャプションは付けず、アーカイブ資料と一致する番号のみを付ける。これは観客に能動的に情報を探すことを促すためである。この検索作業の合間に他作品に関する情報を付帯的に拾い読んでもらうことも期待している。
結論:東西の関係性をを意外な文脈に置き、観客の参加を促し、斬新な金属着色テクニックを用いることによって、安っぽいトリックや表面上の煌びやかさを要さずに驚きと感銘を与えることができる。
また、特殊な金属着色技法に関する情報を収録した付録も制作する。